心のネジを巻く日記

発達障害児の子育てと日常を綴るブログです

障害者こそ愛されなくてはいけない

26日に起きた神奈川県相模原市の障害者施設殺傷事件。詳細が明らかになればなるほど、なぜこんな悲惨な事件が起きてしまったのだろうと、本当に悲しくてやるせない気持ちになってしまいます。

今日の夕方のニュースでは、容疑者から切りつけられ重症を負いながらも命を取り留めた利用者の方々のご家族がインタビューに答えていました。

今も入院中の50代男性の母親は、男性のことを、「50になっても私たち家族にとっては赤ちゃんみたいなもの」と、男性のうつった写真を指差しながら愛おしそうに語っていました。

同じく入院中の40代女性の父親は、病院で女性の頬を叩いて「がんばれよがんばれよ」と声を掛けて来たそうです。

容疑者が「障害者はいなくなれば良い」と語っていたことについて、「あの子たちこそ、障害者こそ、愛されなくてはいけないのに」と、悲しそうに話していました。

障害者は社会の光

「障害者こそ愛されなくてはいけない」

本当に、本当にそう思います。普段、障害のある人とあまり接したことの無い人から見れば、障害者はもしかしたら「迷惑な存在」に感じてしまうかも知れません。

でも、それは間違いです。

障害のある人はすごく素直で、心がきれいです。いつも一生懸命で、まっすぐ前を向いて生きています。

自分を飾ったり、気取ったり、よく見せようと努力したり、そんなことはできません。

いつも自然体で、不器用だけど正直に生きているのです。障害を背負って頑張っているからこそ、彼らはキラキラと輝いているのだと思います。

障害者を排除すれば社会が豊かになる?そんなの大間違いです。サポートを必要とする人がいない社会なんて、発展するわけがない。

社会に価値があるかないか

容疑者は、2月の措置入院の際に「ヒトラーの思想が降りて来た」と語っていたそうです。

ナチスの障害者迫害はあまり日本では知られていませんが、ナチスはユダヤ人大虐殺をする以前に20万人以上の精神障害者や知的障害者を虐殺しています。

障害が原因で働く能力が無く、回復も望めないと判断された人達は、灰色のバスに乗せられ否応なくガス室に送られ殺害されたのです。

この障害者虐殺に加担をしたドイツの精神医学会は後に謝罪をしていますが、それがなんと2010年のこと。虐殺から約70年の時が経っていました。

社会にとって価値のない人間はいなくても良い。

こうしたヒトラーの思想に影響を受ける人は少なからず存在するわけですが、それはきっと自分自身のフラストレーションの行き場として過激な思想を持ち出しているだけだと思います。

今回の容疑者は、子どもの頃に同じクラスに重い障害の子どもがいて、その子を見た時の複雑な心境が現在の思想につながったという説明をしているそうです。

でも、もちろんそんなのは言い訳で、障害者であろうと誰であろうと、他人を見て自分の気持ちにある種の衝動のようなものが湧き上がるとしたら、それは、自分自身に問題を抱えているのです。

自分に直接関係のない他人のことで勝手に一喜一憂している、それ自体が問題なのであり、すでに心に闇を抱えているということを認識して欲しい。

そして、今回の事件でいえば、できればもっと早い段階で周囲、特に両親が、容疑者の心の闇に気付いて対処して欲しかったです。

親としては、自分の息子の言動について、たぶん気付いていたことや気になっていたこともあったのではないかと思うのですが。

行政の対応も色々と問題が指摘されていますが、まずは身内の人達が何か出来なかったのだろうかと、障害を持つ子どもの母親という立場では感じてしまいます。