心のネジを巻く日記

発達障害児の子育てと日常を綴るブログです

4人に1人が本気で自殺を考えている国で|身近な人を自殺で亡くした時の記憶を辿ってみる

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今朝の新聞で、日本財団が調査した「自殺者意識調査」の結果が掲載されていました。

それによると、20代以上の男女4万人のうち、過去に「自殺したい」と本気で考えたことのある人は全体の25.4%、過去1年以内に自殺未遂をした人は推計53万人に上るそうです。

4人に1人が「死にたい」と思っている

日本は、2011年まで14年間連続で3万人以上の自殺者を出していました。2012年度からは実際に自殺をする人は減少傾向にあるものの、「死にたい」と考えたことのある人は4人に1人、あっちにもこっちにもいることになります。

ただ、これは特に驚くべきことではないと思っています。

なぜなら、私自身も「死にたい」と考えたことが何度もありますし、これまでの人生で、身近な人を自殺で亡くした経験もあるからです。

「いい大人が死にたい死にたいと繰り返すなんてバカじゃないのか」というご意見はごもっともです。「自殺」という言葉自体に嫌悪感を持たれる人も沢山いらっしゃるでしょう。

でも、自殺を全否定する前に、なぜ毎日65人もの人が自ら命を絶ってしまうのか?という疑問を解決しておきたいという気持ちもあるのです。

なので、昨日から暗いテーマが続いて申し訳ないのですが、もう少しだけ自殺について掘り下げてみようと思っています。

もしもここまで読んで気分を害された方は、これ以上読み進める必要はありません。

ここからは、私の人生の中で起きた「自殺」の記憶を辿りながら、「人が自殺する」ということについて考えてみるつもりですが、たぶん、誰かのためになるような内容は書けないと思います。

私の名前をつけてくれた人

私の本名、今でこそ名前人気ランキングの常連で、小さい子どもがその名前で呼ばれているのをよく見かけるのですが、私が産まれた当時はすごく珍しい名前だったのです。

どこへ行っても、「可愛い名前だね」「めずらしいね」と、よく言われていました。

この名前をつけたのは、母でもなく父でもなく、母の友人だったYさんでした。

Yさんは、私より6つ上の息子がいたのですが、その子を出産した後に卵管がつまる病気が発症して、不妊症になってしまったのです。

「どうしても女の子が欲しい」と願っていたYさんは、当時としてはかなり高額で身体への負担も大きい不妊治療を一生懸命続けたものの、妊娠は叶わず、二人目の出産は諦めたのだそうです。

そんな時に産まれたのが私だったということで、母としては私が2人目の娘だったこともあり、「自分が名前をつけたい」という強い気持ちも無かったし、なによりYさんの長年の願いを少しでも叶えてあげたいという想いで、彼女に私の名付けをしてもらったのだと聞きました。

Yさんは私のことをまるで本当の娘のように大切に大切にしてくれました。

小さな頃の私の写真には、隣にいつも彼女の笑顔があり、七五三の時でさえ、慣れない着物姿の私と手を繋いですましているのはYさんなのでした。

Yさんは、破天荒を絵に描いたような女性で、情に厚く果てしなく優しく、そして、心の綺麗な人が決まってそうであるように、脆く壊れやすい精神の持ち主でもありました。

昼間は豪快に笑っているのに、夜になると私たちの母にすがりついて、子どものようにぐずぐずと泣いていました。

「みんなで遠くに行って、一つ屋根の下で楽しく暮らしたい」

お酒の勢いに任せて、この言葉を繰り返すようになった頃から、彼女の心は少しずつ壊れはじめていたのだと思います。

私が小学4年生の時です。1学期の終業式の日、学校からまっすぐYさんの家に行って、2人で一緒に夏休みの計画を考えました。私の母はいつも仕事で家をあけていましたが、Yさんは専業主婦だったので、いつでも家に行けば彼女が優しい笑顔で私を迎えてくれたのでした。

「明日から夏休みだから、また島根に行って海で泳ごうね」「クラゲをたくさんつかまえよう」「牛小屋の掃除もしよう」「毎日海につかれば、肌荒れもきっと良くなるよ」

去年みんなで行った島根の友だちの家へ、今年もまたYさんと一緒に行けるのだと、私は疑いもしませんでした。

Yさんは、Yさんのおっちゃん(夫)とよっちゃん(息子)は夏休みに田舎に帰る予定だけれど、自分だけは家に1人で残るつもりだと言いました。

今まで一緒に家族で田舎に帰っていたのに、どうしてYさんだけ残ると言い出したのか、小学生の私にはとても不思議に思いました。

でも、なんだかそれは聞いてはいけないことのように感じて、「ふうん」とだけ答えました。

そしてその夜、Yさんは、高速で走る車の助手席から飛び降りて、この世からいなくなってしまいました。

死の魅力に取り憑かれたら

昨日、このブログで人が自死を選ぶのは「自分には生きる価値が無い」あるいは「生きることに価値が無い」と感じたからだと書きました。

Yさんの自殺は、生きることに価値が無いという想い、すなわち、死の魅力が生を上回ってしまった結果なのだと思います。

『自殺者は大抵レニエの描いたやうに何の為に自殺するかを知らないであらう。』

これは、芥川龍之介の遺書の中に書かれている言葉です。「自殺者は何のために自殺するかを知らない」

Yさんもきっと「自分がなぜ死ぬのか」なんて深く考えずに、何かのはずみで死んでしまったような気がするのです。

芥川龍之介は、自殺者が自殺をする理由なんてあまりにも複雑で、本人にも判然とはしていない。だから、死後に自殺の理由を追求する意味なんてないのだと言いたいのかも知れません。

少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。

君は或は僕の言葉を信用することは出来ないであらう。しかし十年間の僕の経験は僕に近い人々の僕に近い境遇にゐない限り、僕の言葉は風の中の歌のやうに消えることを教へてゐる。

芥川龍之介傑作選4 蜘蛛の糸、羅生門、鼻、遺書、藪の中、侏儒の言葉、芋粥など19作品で構成「或旧友へ送る手記」より

 僕が死んだ理由なんてどうせ君には分かりっこ無いのだから。と、言わんばかりの文章ですよね。

でも、まさに自殺する人の心境って、これに近いものがあるのかなとも思うのです。「ワガママ言ってごめんね」的な感じで。

もしかしたら、自ら命を絶ってしまう人達は、自死によって自分の弱さから解放されたいのかも知れません。自分の弱さと対峙する苦しみから逃れるために、水たまりをひょいと飛び越える気軽さで、死を選んでしまう場合もあるのではないかと思います。

もちろんそこに至るまでの葛藤や苦悩はあるのですが、死を意識した途端にストンと気持ちがラクになるということもあると思うのです。

自意識の高さから死を選ぶ場合も

私が19歳の頃、音楽仲間だった友だちが突然自殺してしまいました。

その人とは同じバンドではなかったけれど、時々イベントに呼ばれて一緒に演奏したり、彼の弾き語りライブに招待されたりする関係でした。

彼の場合はYさんと違って、ものすごく自意識が高すぎて、完璧を求めすぎて、自己評価があまりにも低かったのです。

「オレ、鏡見てマジで吐いたことある」「誰にも顔を見られたくない」「毎晩死にたくなる」

私から見ると、別にそんなに容姿がひどいわけでもないし、ギターが上手で歌が上手でみんなに愛されていて、沢山の人が彼に会いたがっていたのに、なんで死にたいと思うのか、どうしてそこまでシリアスにならなければいけないのか、理解できませんでした。

彼と最後に電話で話した時、いつまでもずっと1人で話しつづけていて、しかも私の悪い所を厳しく指摘してくるので、だんだん嫌気がさしてきました。

「なんでそんなことをあなたに言われないといけないの?」みたいなことを言い返して、ケンカのような感じで2時間くらい延々と話していました。

彼が言いたかったのは、たぶん、「もっと頑張れ」っていうことだったんですよね。

おまえはもっと頑張ればいい所までいけるのに、なんで本気でやらないんだ、なんで中途半端なことばっかりしてるんだ、いつまでも甘えてるんじゃねーよ、みたいなことを、10歳近く年上の男の人にずっと言われて、だんだん頭に来て、後半は何も返事をせずに黙って聞いていました。

普段すごく優しい人なのに、お酒とかクスリとかやってるんじゃないだろうか…と、心の中で思っていました。

すると、急に「オレ今日変やわゴメンな」と彼が言って、唐突に電話が切れました。

おれきょうへんやわごめんな。

か細く湿った声で、もしかしたら泣いていたのかもしれません。

それから、1カ月くらいして、彼が自殺したことを友だちに知らされました。「いつかやると思ってたけど」と、みんなが言いました。彼の死を予期していなかったのは私だけだったようでした。

Yさんの死は私の中でなんとなく理解できるのですが、彼の死はなぜか今でも心の中にモヤモヤが残っています。

もしもまた会えたら、あの時言われた100倍くらい文句を言ってやりたいと思っています。

魂の孤立は救えるか

自治体は、自殺防止のために悩みを抱える人に相談先を紹介するシステムを充実させる方針なのだそうです。厚生労働省のホームページでも、悩み相談の情報が掲載されています。

www.mhlw.go.jp

思い悩む人を地域の知恵で守って、孤立を救おうというのが自治体の考えなのだそうですが、はたしてそれで救えるのだろうか…という気もするんですよね。

自殺を考えている人の割合は男性より女性の方が多くて、年代では、20~30代の3割以上が「死にたい」と思ったことがあるようです。

ただ、実際の自殺者は40~60代が多いので、若い世代では自殺したいと思うようなことがあっても、気持ちを切り替えられるチャンスがある程度存在するということでしょうか。

命の期限は自分で決めたい

先日、母に会ったのですが、母が、「もし許されるなら、身体が動かなくなった時点で薬とかでラクに死にたい」って言うんです。

それで、「何言ってんの!」って怒ったのですが、でもね、めちゃくちゃ気持ち分かるんですよ。

そうだよなぁ、「人の世話になるくらいならすっぱり自分で命を終わらせたい」って、そりゃ思うよなぁ…って。

でも、「わかるわ〜」なんて言えないし、認められない。

絶対に死んで欲しくないですし、もっともっと元気に生きていて欲しい。

こうして考えると、残されるものより去っていくものの方が、意外に爽やかな心持ちで旅立っている場合も多いのかも知れませんね。

まあ、残される側はたまったもんじゃありませんけど。

 

とにかく、自殺は絶対してはいけません。自殺は裏切りです。

終わりにしたくなる気持ちはよく分かるし理解できるけれど、生きてたらきっと良いことがありますよ。

私で良ければお話し相手になれますし、人生は、まだまだ捨てたものじゃないはずです。