心のネジを巻く日記

発達障害児の子育てと日常を綴るブログです

いじめはどうして無くならない?|本当にいじめを無くすなら教員の意識を変えるしかない

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滋賀県大津市で起きた、いじめによる男子生徒の自殺。今月の11日で、自殺から丸5年たったのだそうです。

連日の暴行、恐喝にくわえて、自殺の練習までさせるという凄惨ないじめ。

加害者側の元同級生3人は家裁送致されましたが、内2人が保護観察、1人が不処分になっています。

被害生徒の遺族が損害賠償を求めている訴訟では、いじめた側の少年全員が、「いじめ行為をほぼ全面的に否認」しています。

なぜ『いじめ』は起こるのか?

『いじめ』は絶対にしてはいけないこと。

そんなことはみんな分かっているのに、それでも『いじめ』は無くなりません。なぜでしょうか。

学校内でいじめが起こるきっかけはさまざまあると思いますが、命に関わるような「度を超えたいじめ」に発展する理由ははっきりしています。

いじめは、程度の軽いうちなら、いじめる側といじめられる側の相関関係によるものかも知れません。しかし、度を超えていじめが加速する根本的な原因は、加害者側の家庭環境にあるのではないかと考えています。

これは、いちいち説明するまでもないことですが、毎日の生活に充実感のある子どもは、わざわざいじめ問題なんて起こして面倒を引き受けようとはしません。

誰かをいじめて「痛み」や「屈辱」を味合わせることに喜びを感じる背景には、自己肯定感の低さと、自意識の暴走があると思います。

つまり、簡単に言えば「悪いと分かっていてもやめられない」のです。

なぜなら「楽しいから」です。

加速したいじめに歯止めをかけるには

「人を苦しめて何が楽しいの?」と思うのは普通の人の考えで、そんな「つまらないこと」に楽しみを見つけなくてはいけないほど、加害者側の生活、あるいは精神が荒んでいるのです。

ですから、いじめを無くすなら、加害者側の家庭に立ち入って問題を見つけて対処しなくてはいけません。

いじめ問題では「いじめられた子ども」に焦点が当てられがちですが、はっきり言って「いじめ」は加害者側の心の問題なので、いじめられた被害者が「どんな子どもか」ということは全く関係ないのです。

もちろん、いじめられないようにするための心得はあるでしょうし、身を守る術として、そうしたことを考えることも大切だと思います。

でも根本的な問題は「いじめる子ども」自身にあるので、そこに手を付けないかぎりは、対象を変えていじめは続いていくでしょう。

加害者側に問題があるからいじめ問題は起きる。

それが分かっていても、では加害者側の環境改善に第三者が立ち入れるのかといえば、残念ながらほぼ不可能だと思います。

ではどうすれば良いのかというと、「暴行や恐喝は犯罪なのだ」ということを理解させることです。

これには厳罰化するというのも一つの手立てだと思いますが、まずは学校の教員が「いじめを絶対に許さない」と、毅然とした姿勢で示すことが大切なのではないでしょうか。

「いじめは起きてないか?」

担任が毎朝、「このクラスで誰か困っている人はいないか?」「いじめは起きてないか?」と子ども達に問いかけ、問題解決の姿勢を子どもに示してあげれば、少なくとも度を超えたいじめは起きないと思うのです。

今、学校では先生方の負担が大きすぎて大変だという意見もよく聞くのですが、だからこそ、「問題が起きないように」日々気をつけられることはたくさんあります。

私は中学生の頃、1度引っ越しをして転校をしたのですが、転校先の中学校がすごくいじめの多い学校だったのです。

女子トイレで全裸にされる男子生徒、2倍くらい身体の大きい男子からボコボコに殴られる女子生徒…。今思い出しても、かなり悲惨な状況でした。

転校前の中学校はのんびりした雰囲気だったので、新しい学校の、その陰湿な空気に驚いたことを覚えています。

それで、その時感じたのは、やっぱりいじめが多い学校は先生が頼りなくて殺伐としているということです。

どちらの学校も、それぞれの先生方は教育熱心で良い先生方なのだと思うのですが、いじめが多い方の学校は、なんだか生徒の機嫌取りをする先生が多くて、表面上はニコニコしているけど、いざ何かを相談しても助けてくれなさそうというか…。

そういう経験もあり、やはり、いじめの多い少ないは教員の態度が影響しやすいのではないかと感じます。

なので、本当にいじめを無くしたいなら、教員の意識を変えるしか方法が無い。というか、教員しか、いじめを止められない無くせないのではないかと思うのです。

いじめ問題をずっとずっと考え続けている私ですが、今はその結論に至っています。