心のネジを巻く日記

発達障害児の子育てと日常を綴るブログです

学校に行けないなら行けないなりの生き方がある

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先日、長女のスクールカウンセリングを担当してくださっている先生に、中学校へ呼び出されました。

「お母さんにお話ししておきたい事がありますので、一度お会いする時間を作っていただけますか?」

お話ししておきたい事…

ってことは、何か長女に問題でもあったのだろうか。

少し不安を感じつつ出掛けていきました。

目標と方向性

中学校の面談室でカウンセリングの先生と向き合います。

前回同様、たわいもない世間話から始まるのかと思いましたが、今回は「最近◯◯ちゃんはどんなご様子ですか?」とたずねられました。

「はぁ、今まで通りですね。ちょっと体調が悪くて機嫌が悪い日もあるのですが、特に不安定ということも無かったと思います」

「そうなんですね、良かったです。今日お母さんに来ていただいたのはですね、◯◯ちゃんがこれからどういった方向性で進んでいくかをご相談したかったんです」

「…方向性?」

「はい。◯◯ちゃんは中学校に対してすごく不安を持っておられるので、とりあえず入学までに何度か◯◯ちゃんが中学校を見学する機会を作って、少しずつ場所に慣れさせてはどうかと、中学校の先生方がおっしゃっているんです」

「ああ、なるほど」

そう言いながら、でもどうなんだろうなぁと思いました。

確かに、いきなり中学校に来るよりはあらかじめ何度か来て慣れておけば、不安な気持ちは少しはマシになるのかも知れないけれど、長女が不安なのは「場所」に対してではなく「同年代の子ども」に対してなので、そうした配慮がプラスになるのだろうか…と、正直思いました。

カウンセリングの先生は、小さな目標を1つずつクリアさせてみてはどうかと、そういう感じの事を説明してくれました。

一番良いのは友達ができることだけど

「お母さんはどう思いますか?」

と、何度もたずねられて、その度に自分の考えをきちんとお話はしたのですが、心のどこかでは「語ってどうなるものでもなし…」っていう、諦めの気持ちもふつふつ湧いていたのでした。

「◯◯ちゃんが学校生活に負担を感じないように、お母さんはどういった方法が良いと思いますか?」

と聞かれた時、「それは、もしも友達が1人でもできたら、すべてがうまくいくと思います」って、言いたかったけど言えなかった。

なぜかというと、学校側にそういったことを言うと、「じゃあ同じクラスの◯◯さんに遊んでくれるように頼んでおきます」とか、「◯◯ちゃんのグループに入れるように働きかけます」といった、余計な配慮をされて、これまで以上に同級生との関係がこじれてしまったことが過去に何度かあったからです。

最近は、子どものお友達関係に親が口出しする事も多く、以前、長女が仲良くしていた女の子からは、長女が支援学級に転籍した直後に「◯◯ちゃんは障害児だから、近寄ったらパパとママに叱られるの」と、直接言われた事があります。

なので、自然な形で奇跡的に友達ができれば別ですが、大人の働きかけで友達を作ろうとすることは、絶対にしてはいけないことだと思っています。

目標は決められない

スクールカウンセリングの先生に、「今後の目標としては、どういったことを考えていますか」とたずねられて、ちょっと戸惑ってしまいました。

目標とか…。今、学校に行かせるだけでいっぱいいっぱいなのに、それ以上のハードルを設定する事なんて、今のところ考えられません。

「来春の中学校入学に向けて、少しずつ心の準備を進めていくだけですね…」

私がそう言うと、先生も「そうですねぇ」と笑っていました。

「正直言って、たぶん不登校になると思っています…毎日通うのは難しいかな、と」

なんて、ぶっちゃけたことを言ってしまったので、先生にはひかれてしまったかも知れません。

でも、やっぱり難しいかなぁ…って思うんですよね。自分の中学生の頃を思い出しても、もしも1人も友達がいなかったら学校に行けてなかったと思います。

1人ぼっちで門をくぐるだけでも、相当な勇気が必要ですよね。

新しい生き方を開拓したい

最後の締めくくりの話で、「もしも◯◯が学校に行けなくなったら、行けないなりの、新しい生き方を模索していこうと思います」と、カウンセリングの先生には言いました。

だって、行けないなら、行けないのだから、どうしようもないんですよね。

ニュースでよく「いじめによる自殺」ってありますけど、やっぱり中学生が多いような気がします。

それくらい、中学校っていう場所の閉鎖性や、中学生くらいの年頃の子どもの難しさってあるのだと思うのです。

長女の進学問題はすぐそこまで迫ってきてしまいましたが、とにかく、親としては「万事を尽くして天命を待つ」といった心境です。