心のネジを巻く日記

発達障害児の子育てと日常を綴るブログです

長女の小学校卒業に思うこと

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先日、長女の小学校卒業式がありました。

可愛い我が子の卒業式なら、感動して泣いてしまうお父さんお母さんも多いと思います。

長女の卒業式でも、感極まってハンカチで涙を拭う保護者の方がたくさんいました。

私はといえば、なんだか数日前から気持ちが落ち込んでいて、冴えない心持ちで卒業式に参加していたのです。

 

長女の小学校での思い出、何ひとつ良いことがなかったな。いつも1人ぼっちで、かわいそうだったな。本当に親子共々つらかったな。あの時、いったいどうすれば良かったんだろう?なにをしてあげれば、助けになったんだろう?

少しでも良い思い出を作ってあげたかったのに、結局なにもしてあげられなかった。

 

そんな想いだけが、頭の中でぐるぐる回っていました。

 

私としては精一杯のことをしてあげたつもりだったけれど、結果的に、なにも好転しなかったように思います。

不登校から抜け出せたのは良かったとしても。

 あの時何ができたのか

思い出すのは、まだ特別支援学級に入っていなかった時、「学校がつらい」と不安がる長女を連れて、少し遅い時間に登校しました。

レンガ色のペンキが塗られた重い校門を私が開くと、長女の小さな白い手が、急にがたがたと震え始めたのです。

触らなくてもわかるくらい、長女の全身がぶるぶると振動していました。

それを見て、私は愕然としました。

私は、この子がここまで学校を恐れているのに、なにも理解せず、「行かせることだけが正解だ」と、信じ込んでいたんだ。

「今すぐ、この子を家に連れて帰ってあげなくてはいけない」と強く思いました。

しかし、玄関で待ち構えていた教頭ともう1人の教師が大急ぎで走ってきて、「よく来てくれたわね!」「先生待ってたよ!」「担任の先生やクラスのお友達も待ってるよ!」「さあ一緒に行こうね!!」と、強引に、まるで連れ去るみたいに長女を連れて行きました。

真っ青な顔でうつむいた長女の小さな唇は震えていて、私は、自分がとんでもない過ちをおかしたように思いました。

 抜け落ちていた記憶

あの頃のこと、最近まで忘れていたのです。忘れていたというか、記憶からすっぽり抜け落ちていました。

人はあまりにつらいことがあると、その時の記憶が欠けて思い出せなくなるということがあるのだそうですが、たぶんそういう理由で忘れていたのだと思います。

それが卒業間近になって怒涛のように蘇る瞬間があり、ちょっと鬱になってしまっていました。

長女の記憶もポツポツ蘇るようで、

「あたし、『おまえは名前も変だ』って言われて、大きな声で怒鳴られて、あの時どうして『変じゃないよ』って言い返せなかったのかな」

そう言って、泣いていました。

 

親として本当にかわいそうなことをしたなと思うのですが、とはいえ私に何ができただろう?とも思います。

長女が小学校の中でひどいことを言われたり、物を取られたり、乱暴をされたことが分かるたびに学校に出向いて担任と話をしました。

でも、何にもならなかった。

 

発達障害があると、たとえば突然叩かれても、どうしたら良いか分かりません。たとえば突然鉛筆をとられても、どうしたら良いかわかりません。ひどい言葉を投げつけられても、どうしたら良いかわかりません。

 

弱い者は、抵抗できない者は、逃げるしかないのでしょうか?

 

逃げて、小さくなって生きていくしか無いのでしょうか。

 自分らしく生きていけば良いよ

小学校の卒業式、長女は自分で選んだゴシックロリータのスーツ姿で出席しました。

フリルとリボンがたくさんついたロリータの衣装は、小学校の卒業式にはふさわしくなかったかも知れない。けれど、それは本当に長女らしくて、とても素敵でキレイだった。

まるで発光しているような彼女が卒業証書を受け取る姿を見ながら、

「いつか、この子を心から理解してくれる友達があらわれますように」

と、祈っていました。