心のネジを巻く日記

発達障害児の子育てと日常を綴るブログです

発達障害児に「修学旅行」という名前の思い出なんていらなかった

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中1になった長女の学校では、先日、新1年生を対象にした3泊4日の自然学校がありました。

長女は当然のごとく参加できなかったので、その間は特別支援学級で1日を過ごしていました。

担任の先生は「無理して行かなくて良いですよ〜」と明るく励まして下さり、私としてもこれまでの経験から、「校外学習に無理をして参加させた所で、長女にとってプラスにはなっていない」ということは痛感していましたので、長女が「行きたくない」といえば、「うん、そうなんだね」と言って、終わりました。

思い出すのは修学旅行

思い返せば、去年の同じ時期は小学校の修学旅行のことで頭を悩ませていたわけです。

細かいことはこちらの記事に書いていますが、長女は小学校の修学旅行に1日目だけ参加をして、宿泊はせず帰りました。

あの時は、「せめて修学旅行くらいは楽しい思い出にしてあげたい」と思っていて、少し無理をしてでも参加することで、「長女が成長した時に懐かしく思い出すこともあるだろう…」と、ほとんど希望的観測ですが、そう信じて参加させたのでした。

今思えば、参加させなくて良かったと思います。

なぜかというと、長女にとってあの修学旅行は「良い思い出」というより「嫌な記憶」、「恥ずかしかった記憶」として残っており、いまだに写真を見ることさえ嫌がるからです。

みんなが友達同士で楽しそうにピースサインをする中、はしっこで青白い顔でうつむいている長女の写真。ワイワイと盛り上がる同級生に囲まれて、居場所がなくおろおろしている様子が目に浮かびます。

お寺巡りも、お弁当の時間も、お土産選びも、先生の付き添いがあるとはいえ、1人ぼっちで過ごしていました。そんなの、楽しいはずないですよね。

そして、そんな瞬間を切り取った写真なんて、長女にとっては汚点でしか無いのでしょう。

同じような悩みを持つ親御さんへ

ハフィントンポストに、こんな記事がありました。

www.huffingtonpost.jp

この記事を書いている小包中納言さんは、発達障害の娘さんが修学旅行を嫌がるのだけれど、どうしても行かせてあげたいと悩んでいるようです。

学校からは、「修学旅行と同じ旅程で家族旅行をしてもらって、途中で娘さんが合流したくなったらクラスメイトに合流してはどうか」と、提案されたそう。

私も小学校から全く同じことを提案されたので、こういう場合のマニュアルのようなものがあるのだと思います。

小包中納言さんの娘さんは、「どのように配慮してもらっても行きたくないのだ」という気持ちをはっきりと示しており、それについて小包中納言さんは「発達障害というのは、親をこんなにもビターな気持ちにさせてくれるのか」と、複雑な気持ちを表現されています。

ほとんど同じような状況を経験して、結果、修学旅行に行かせた親の立場として思うのは、「本人が嫌なら行かせないであげて欲しい」ということです。

親が心配なのは…

親は、「せっかくの機会なのに行かなかったら後悔するのでは…」「人生の中で大切な思い出になるはずなのに…」と心配になるわけですが、子どもにとってはそこまで重要じゃないです。

行ってみて「楽しかった」と感じるかも知れないけれど、「つらかった」「かなしかった」と感じるかも知れない。

行く前から「行きたくない」と言っている行事に子供を参加させて、「楽しかった」と本人に思わせるのは、かなりハードルが高いのではないでしょうか。

ましてや、学校の中に心許せる友達が1人もいないなら、頑張って行っても、悲しい思いをするだけで可哀想な気もします。

学校行事を楽しめるかどうかは、やっぱり、友達がいるかいないかで大きく違います。女の子は特に、そうなのではないでしょうか。

学校の中に友達さえいれば、近くの公園へ遠足に行くのだって楽しいけれど、友達がいなければ、何をしても不安で仕方ないし、居心地が悪くて何かを楽しむ余裕なんて無いのです。

ですから、もしも子供が本気で嫌がっている行事があるなら、子供の気持ちを尊重して、休ませてあげるべきだと私は思っています。

自分の楽しめるフィールドを探して

結局、自分自身が安心できない場所でどれだけ努力しても、楽しい未来は待っていないのです。

ここなら少々つらくても頑張れる、苦労も楽しく感じる。

そういう場所を見つけることができれば、きっと毎日は明るくなって、努力することを楽しめるようになります。

そのためには、まずは「自分は何がしたいのか」「自分は何が楽しいのか」を、子供が自分自身で見つけること。見つかるまで、親はじっと静かに見守るしかないのだと思っています。