心のネジを巻く日記

発達障害児の子育てと日常を綴るブログです

発達障害と思春期|ダメな自分から目を逸らして楽しいことだけ考えよう

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1週間くらい前、寝る前に長女がぽつりと、

早く生まれ変わりたい

と、言いました。

私の全部が嫌いだから、早く別の人間に生まれ変わりたい

私はぎょっとして、途端に涙が溢れ出しそうになりました。

生まれ変わりたい。

ということは、今生きている「目の前の世界」を終わらせたい、ということ。

私の顔つきが変わったことで、長女は「悪いことを言ってしまった」と感じたのでしょう。

「ママのことは大好きだよ」

温かい両手で、私の手のひらを大事そうにさすりながら言うのでした。

エネルギー不足かもしれない

昨日、中学校に迎えに行ったら、担任の先生に「なんだかずっとボーッとしているのですが大丈夫ですか?」とたずねられました。

確かに最近の長女は、ボーッとしている時間が長くなっているように感じます。

家では色々やることがあるわけですが、学校ではやることが無い、というか、「やりたいことが無い」から、ただただ暇でボーッとしているのかも知れません。

担任の先生と話しながら「学校の中での自分を、自分自身で見限ってしまったのだと思う」と言ったら、先生に驚かれました。

中学1年生で自分自身を見限るなんてことがあるのだろうかと、思われたのだと思います。

あるいは、そんな風に考えている母親に対して疑問を感じられたかも知れません。

私は思うのですが、発達障害があると様々なことで挫折、挫折、挫折、の繰り返しで、器用にものごとをこなせない自分に対しての苛立ちをずっと抱えて生きていくことになります。

いや、ちゃんと出来てるよ。◯◯には◯◯の良い所があるんだよ。みんな、苦手なこともあるし、一緒なんだよ。

そんな風に励ますことは簡単です。

でも、そういう言葉は、自分が発達障害じゃないから言えるのではないかと、思うのです。

実際、みんなが普通に出来ることが、どうしても出来ない。本当は周りに合わせて、協調したい。友達が欲しい、友達と分かり合って、笑い合いたい。だけど、頑張っても努力しても、そこまで手が届かない。

集団から離れたいのは自分の意思なのだけれど、決して本当の意味で「離れたい」わけではないのです。

発達障害者が生きていくために乗り越えるべき課題は、「できない自分」を認めて理解して、心の中で折り合いをつけることだと考えています。

ただ、長女のように他者と自分との違いを理解し葛藤し始める「思春期」という年頃だと、なかなか折り合いはつけにくいですし、それは仕方の無いことだと思います。

木を見ず森を見よう

6月から、長女の好きなゲームの店頭大会が何度かあったので、できるかぎり参加をしました。

ゲームの大会って、長女と同じ年代の子供もいますが、30代くらいの大人もたくさん参加しています。

女の子向けのゲームなのに、張り切って並んでいるおじさん達もいますし、ロリータファッションで気合いの入ったお姉さんもいます。

本当に、そこには色々な人がいるんですよね。

家の中で私が「世の中には色んな人がいるから」と言い聞かせても、あまり実感はない。

けれど、ゲーム大会に一緒に参加したら、びっくりするような「変わった人」がいくらでも目の前にあらわれる。

うまく言えないのですが、そういう経験が、ある種の救いにもなり得るのではないかと思うのです。

うちの場合は長女がゲーム好きだからゲーム大会なわけですが、それぞれのお子さんの「好きなこと」に合わせて、できれば「ちょっと変わった大人の姿」を遠巻きに眺めさせてあげることも悪くはないのかも知れません。

無理して「何か」になろうとせず、細やかな幸せをしみじみ楽しめたら良いじゃないのと、言葉ではない方法で伝えていけたら良いと思っています。