心のネジを巻く日記

発達障害児の子育てと日常を綴るブログです

思春期の子供に小説を読ませる理由|現実とフィクションをうまく峻別するスキルを身に付ける

f:id:muhuhu:20170528183024j:plain

ネットには偏った意見があふれていて、たまにしんどくなります。

書いている本人は正論のつもりなのだろうけれど、なんとも薄っぺらくて、自分が一体何について批判しているのかさえ自分自身で理解できていないのではないのだろうかと感じることもあります。

言論の自由が保証されている以上、自分の意見を発信することには何ら問題はないのです。

ただ、何かに対して批判をするのなら、せめてその「何か」について理解をして咀嚼をしたあとに、自分の意見を吐き出さなければいけないと思います。

ネット上の偏った意見を読んでいると、この人達は想像力というのがものすごく欠如しているのだなと、思わずにいられません。

なぜこんなことになったのだろう?

なぜこの人はこう言ったのだろう?

その背景に考えを巡らせることで全体を見渡すことができ、自分なりに、正しいこととそうでないことの区別をつけることができます。

ネット上でみんなが悪いヤツだと言っている。

ネットの書き込みで、この人が悪事を働いていると書いてあった。

それなら、ひどい言葉で貶めてやらなければならない。

情報源は全てネットで、自分の目で確かめたわけでもないのに、どうして悪いと決めつけられるのでしょうか。

自分の目で見て自分の頭で考える

村上春樹さんはオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件を取材して、『アンダーグラウンド』という小説を書き上げています。

彼はその小説を書くために、地下鉄サリン事件で被害にあった人々と、オウム真理教に帰依した人々、それぞれにインタビューを行ないました。

その中で、村上春樹さんはオウム信者の人達に対して1つの共通点を見つけたのです。

オウム真理教に帰依した人々は、思春期にほとんど小説を読んでいなかったそうです。

人によっては哲学や宗教に深い興味を持っており、そのような種類の本を熱心に読んでいた。アニメーションにのめり込んでいるものも多かった。言い換えれば、彼らの心は主に形而上的思考と視覚的虚構とのあいだを行ったり来たりしていたということになるかもしれない(形而上的思考の視覚的虚構化、あるいはその逆)。

村上春樹「東京の地下のブラック・マジック」より / 村上春樹雑文集

5年前、長女が精神的に不安定でカウンセリングを定期的に受けていた頃、臨床心理士から、「小説やドラマ、映画などを無理のない範囲で見せるようにした方が良い」と言われたことがあります。 

アニメや漫画ではなく、生身の人間が登場するフィクションが好ましいということでした。

どういうことかと言うと、フィクションの世界の中で人が腹を立てたり悲しんだりするのを習慣的に見せることで、誰にでもある「喜怒哀楽の感情」を学習させる機会を作った方が良いということだったのです。

誰かが泣く時、そこには理由があります。

きっと悲しいことがあったのです。もしかしたら大切な人を亡くしたのかも知れませんし、恋人に別れを告げられたのかも知れません。

なぜこんなことが起きたのだろう?どうすればうまくいったのだろう?

考えることが、とても大切なのです。

思春期には小説を読まなければいけない

思春期、子供の心と身体は飛躍的な成長を遂げます。

その大切な時間の中で、生身の感情から目を逸らし、現実には何も影響しないアニメや漫画、ネットばかりを中心に生活してしまうことが「現代の心の狭い大人」を作り上げてきたのではないでしょうか。

彼らは物語というものの成り立ち方を十分に理解していなかったかもしれない。ご存知のように、いくつもの異なった物語を通過してきた人間には、フィクションと実際の現実とのあいだに引かれている一線を、自然に見つけだすことができる。

(中略)

つまりフィクションが本来的に発揮する作用に対する免疫性を身につけていなかったと言っていいかもしれない。

村上春樹「東京の地下のブラックマジック」より / 村上春樹雑文集

村上春樹さんは「東京の地下のブラックマジック」の中で、こう指摘します。

思春期に小説を読まず「フィクション慣れ」していない大人達は、たとえそれが危険思想であれ都合の良い虚構であれ、自分の信頼する誰かから提示されたものなら、何の疑いもなく事実として受け入れてしまうのではないか、と。

フィクションは現実と峻別されなくてはいけない

最近ネット上でよく見かけるのが、影響力のあるブロガーが特定の何か(人やサイト)に対して批判的なことを書くと、なぜか同じように腹を立てて、批判的なコメントをする人達です。

たぶんこういう人達は、「自分の大好きなブロガーが言っているのだから、すべて真実なんだろう」と思い込んでいるのだと思います。

でも、本当にそうなんでしょうか?自分の目で確かめたのでしょうか?あるいは、直接的に何かしらの被害を被ったのでしょうか?

一歩後ろに下がって客観的にものごとを眺めてみる。

自分の思いのたけは、なんでもかんでも発信すれば良いわけでは無い。

言いたいことをぐっと堪えて世の中を見渡してみれば、本来の自分の役割、フラストレーションを晴らす方法も見えてくるでしょう。

そうしたある種のスキルを身に付けるためにも、思春期に小説を読ませること、物語の世界に出掛けていって生還することが、すごく大切なのだと思っています。