心のネジを巻く日記

発達障害児の子育てと日常を綴るブログです

発達障害児を犯罪者にしないための親の責任と対応策

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9日に東海道新幹線の車内で起きた無差別殺傷事件、加害者の22歳男は5歳の頃に保育所で発達障害(自閉症)の疑いがあると指摘されていたそうです。

ただ、親は何も対処せず医療機関に相談しなかったため適切な療育が行なわれないまま、中学生になってから心療内科で発達障害と診断されています。

彼が発達障害だった事実について、報じるメディアと報じないメディアがあるように感じるのですが、もしそれが「発達障害者へのレッテル貼りにつながる」という配慮からきているのなら、それは大きな間違いだと思います。

加害者の男が発達障害であったことは、間違いなく事件の引き金になっています。

ですから、その事実をきちんと共有して発達障害者が適切な療育を行なうための対策を考えて欲しいというのが、発達障害の子供を育てる母親としての率直な気持ちです。

発達障害者は犯罪者予備軍か?

発達障害の人は危険でしょうか?健常者よりも危ない、何をするか分からない恐ろしい存在でしょうか?

私は、違うと思います。

発達障害者でも健常者でも、凶悪犯罪をおかす人もいればおかさない人もいて、「発達障害だから」という理由で、いつか何かをするのではないかと警戒する必要はありません。

しかし、今回の加害者である22歳の男に関しては、犯罪を予兆するサインがたくさん出ていて、それらは全て発達障害を起因としていました。

発達障害児の中でも、過去の言動の中で何らかのサインを出している場合には、「この子は気を付けて育てないといけない」「適切に対応をしなくては、いつか犯罪をおかす可能性がある」と、胆に銘じて接していかなければいけない子供がいるのです。

発達障害者の犯罪を防ぐためにサインを見逃さないで

新幹線殺傷事件の加害者の行動で、私が「サイン」と感じたのは、この2つです。

  1. 中学生の頃に買い与えられた水筒が新品で無いことに激高して、包丁とカナヅチを持って父親の寝込みを襲っていた
  2. 学校の中でもキレやすく、同級生に度々手を出す問題児だった

水筒の話では、姉が新品を買い与えられているのに比べて、自分の水筒は中古であったことに腹を立てて、夜中に寝ている父親を襲って警察沙汰になっています。

この行動で見えてくるのは、思い込みの激しさと強いこだわり

自分のイメージ通りに物事が進まなかった時に、感情を抑えられなくなってしまうことや、自分の気持ちを言葉でうまく説明できないために破壊的な行動で意思を示そうとしていることです。

普通なら「なんで自分は新品じゃないの?お姉ちゃんだけズルイ」と言って、少し拗ねたりして終わるようなこと。

しかし、どうしても気持ちが収まらずに包丁やカナヅチを持ち出してしまうのは、性格上の問題ではなく、発達障害の特性があるからこその行動だと思います。

たかが水筒のことで、どうしてそこまで怒るの?

と、家族は思ったかも知れません。発達障害が無い子供なら「たかが水筒」ですし、そこまで腹を立てる子供はいないでしょう。

本来ならこの時点で、「この子は将来、他人に危害を与えてしまうかも知れない」「今のうちに医療機関と連携して家庭でのサポート方法を見直さなくてはいけない」と気付かなければいけなかったし、気付いて欲しかったです。

そうすれば、勇敢な1人の男性が命を落とすこともなかったのに…

実家から放り出されて…

この事件をきっかけに、この人は親元を離れて自立支援施設で生活をするようになります。

高校卒業後には祖母と暮らしはじめますが、自らの希望で精神病院での入退院を繰り返していたそうです。

祖母や同居していた叔父に手を出すことはありませんでしたが、生活態度を注意されたり、少しでも気に入らないことがあると家出を繰り返していました。

「死にたい」と、自分の存在を否定するような言葉を口にすることもあり、ノートにも、自殺願望をほのめかすような言葉があります。

一方で祖母と叔父との生活では読書を中心として、祖母に手を出すようなことは一切なかったようです。

読んでいた本の中にはドストエフスキーの『罪と罰』も。 

「発達障害者らしい」人物像

こういった数々の行動は、いかにも発達障害者にありがちなものばかりです。

発達障害者は本を読むことが好きな人が多いです。そして、自分の心の中を言葉や絵にして外に出すことも好きです。

一方で、自己評価は低く、数々の失敗体験から常に劣等感に苛まれている傾向があります。

常に気まぐれで相手の気持ちを慮ることが苦手なので、軽く注意されたことでも重大に受け止めて反発したり、自己嫌悪に押しつぶされたりします。

そしてそれが積み重なることで自暴自棄になり、突発的に危険な行動をとってしまうことがあります。

こういった発達障害の特性をきちんと理解して適切なサポートができる人がそばにいれば、今回の殺傷事件は起きませんでした。

そう考えるとすごく残念で、私に出来ることは何かと考えた末に、発達障害の我が子を犯罪者にしないための対応策をまとめておこうと思いました。

発達障害者は感受性が強く、とても素直で純粋

発達障害の子供を犯罪者にしないために、まず理解しておいて欲しいのは、発達障害者というのは感受性が強くて、すごく素直で純粋であるということです。

なぜこれを理解して欲しいのかというと、闇雲に本人のやりたいようにやらせるだけのサポートでは、結局「何か気に入らないことがあったら問題行動を起こす」という、周囲に負担をかける発達障害者に育ってしまうだけだからです。

発達障害児をワガママに育てないために

感受性が強いということは、普通の人が気にしないくらいの小さなことでも大きな刺激になり、落ち込んだり哀しんだり腹を立てたりします。

普通なら気にならないことで問題行動を起こすと、当たり前ですが、周囲は困惑してしまいます。

水筒1つのことでカナヅチと包丁を持ち出すわけですから、たとえ我が子であっても「どうやって理解してあげれば良いか分からない」と感じるでしょう。

幼少期からそのような行動が続くと、家族としては腫れ物に触るように対応してしまっていたのではないでしょうか。

そしてその家族の行動が、発達障害の特性が改善されないままワガママに育つ原因になってしまったのかも知れません。

発達障害の子育てに行き詰まってしまった、そんな時にうまく利用して欲しいのが、発達障害のもう一つの特徴である「素直で純粋」という点なのです。

「あなたは立派な子」と暗示をかける

「あなたは優しい子」「あなたは立派な子」

長女が何か良い行いをした時、私は必ずそう言葉がけをしています。

もちろん、次女が同じ行動をしてもそんなことは言いません。発達障害の長女だからこそ効果的な言葉なのです。

些細なことでもしっかりと褒めて、「いつも妹に優しくしているね」「家族のことを一番に考えられているね」と話しています。

発達障害は素直で純粋なので、大切な人から「あなたは◯◯よ」と言われると、そのまま素直に受け取って、「自分は立派なんだ、これからも立派にしなくちゃ」と思ってくれるのです。

ここでは発達障害の「人から言われたことをそのままの意味で受け取ってしまう」という特性が、プラスの意味で役立ちます。

逆に、「あなたは悪い子、そんなことばっかりしていると、悪い大人になっちゃうわよ」なんて軽い気持ちで言ったら、本当にそのように思い込んでしまいますから気を付けなくてはいけません。

それくらい、発達障害者というのは純粋なのです。

もちろん個人差はあるでしょうが、たとえば今回の加害者なら、良い部分を引き出してたっぷり時間を掛けて自己肯定感を高め、「あなたは素晴らしい魅力を持っているよ」と言い聞かせてあげれば、まったく逆の人生を歩ませてあげることも可能だったと思います。

親が絶対的な味方でいること

「手のかかる発達障害の子供とは離れて暮らしたい」と感じる親もいると思いますし、それ自体は悪いことだとは思いません。

ただ、たとえ一緒にいなくても、常に絶対的な味方でいてあげて下さい。

離れて暮らしていても、会える時には愛情をいっぱい注いであげて、「あなたのことを絶対に守ってあげるよ、味方だよ」と伝えてあげて欲しいのです。

時には、自分の気持ちと照らし合わせて嘘をついているような気持ちになるかも知れませんが、嘘でも偽りでも良いので「味方だよ」と自信を持って伝えて下さい。

子供は、親の愛情がたっぷりあれば、心を歪めずに生きていけます。

発達障害の子供には、健常児の2倍の愛情が必要だと思って下さい。

親が「本当は少し苦手だけど…」と思いながらでも良いです。嘘でも良いです。

嘘でも良いから、「愛しているよ」と言ってあげて、離れて暮らしても良いから「会いたい」と言われた時にはすぐに会ってあげて、「私も会いたかったよ」と言ってあげて欲しいのです。

そうすればきっと、親から発せられたその温もりが『最後の歯止め』になります。

発達障害者に犯罪を起こさせないのは親の責任

発達障害があってもなくても、犯罪をおかす人はいます。

だから、どちらにしても子供を犯罪者にしないことは親の責任だと思っています。

発達障害者は健常者よりも犯罪の予兆があらわれやすく、周囲が気付きやすいケースが多いです。

そういった意味では、発達障害者の親の方が責任が重いようにも感じています。

私の長女も思い込みが激しく、きちんとサポートしなければ被害妄想のように周囲に敵意を抱いてしまう可能性もあり、常に自己肯定感が損なわれないように気を付けています。

また、発達障害者である我が子を支援の輪から外れさせないことも、親として大切なことだと思っています。