心のネジを巻く日記

発達障害児の子育てと日常を綴るブログです

「働けない人」は「働かなくて良い人」ではない

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先日、とある有名ブロガーの記事を読んでいたのですが、そこには「働けない人に役立つ知識を発信したい」ということが書かれていました。

内容を分かりやすくまとめると、働けない人は自分がどういった支援を受けられるのか、生きていくためのお金をどうやって確保できるかの知識をあまり持っていない。

だから、そういった「お金の知識」を、働けない人のために発信したい。

といった感じのことを書かれていて、それに関しては良いことだと思いました。

確かに社会的弱者の人ほど自分が生き延びる術を知りませんし、そもそもどうやって情報を集めれば良いかの「手段」さえ、思いつかない人も少なくありません。

ですから、そういった方々の力になりたいという考え自体は悪くないと思います。

ただ気になるのは、そう書いているブロガーが、ご自身の言葉を借りれば「働けない人」であり、つまりは自分自身が働けず生活に不安を抱える身でありながら、自分ではない他者に対して「働かないで生きていけるお金の知識」を発信したいと言っていること。

「いやいや、他人の心配よりも自分の心配をしなさいよ」

と、読んだ人のほとんどは思うでしょう。

「働かなくても生きていける方法」をさがすのではなく、「どうやったら自分は働けるか」を考えて欲しいと思うのが、普通一般の考えだと思います。

働かなくては生きていけない

労働を放棄すれば、破滅しか待っていないのです。

「働けないなら家で寝ていたら良いですよ」が日本でまかり通るなら、遠くない未来にこの国は財政破綻するでしょう。

まず前提として、日本が今後、今より豊かになることはありません。

ということは、今よりも社会福祉が拡充されることもないと考えなくてはいけません。

今の状態で「支援が受けられない」「支援が足りない」と感じている人が、この先、充分な支援にありつけるのか?

私は難しいと思います。

逆に、今は何とか生活できるレベルの支援を受けられていても、将来的に様々な形で予算を削られて末端の人々が困窮するケースも増えていくのではないでしょうか。

つまり、働けない人の未来は明るくない。はっきり言ってかなり暗い。

そうであるなら、働かなくても生きていける方法を模索するのではなく、どうやったら自分は働けるか、働くためにどうすれば良いのかを、早急に考えなくてはいけないのです。

どうして弱い人ほど救済したがるのか?

昔、職場の後輩のAさんという女性がいたのですが、彼女には精神疾患があり、無断欠勤や遅刻、早退が頻繁にありました。

また、仕事中に突然うずくまって石のように固まってしまったり、いきなり泣き出したり、ふてくされてプイッという感じでどこかに走り去ってしまうことも毎日のようにありました。

なので同じ職場で働く私達にとって彼女は正直に言って重荷でしたし、大変な人を引き受けてしまったなという思いは、社長も持っていたようです。

しかし、彼女の「働きたい」という強い思いと、彼女の母親からの「働かせて欲しい」という直談判により、私が部長を務めていたグループで彼女を全力でサポートすることになったのでした。

彼女は平常時には普通のおとなしい女の子でした。

自分が繊細な分、周囲への気遣いがあり、言葉使いも丁寧で物腰も柔らかく出来る範囲の仕事を一生懸命頑張っていました。

仕事の合間に、彼女が将来の夢を語ってくれたのです。

「私は精神科医になって、自分のようなうつ病の人を救ってあげたいです。そのために、もう1度大学に通おうかと思っています」

その言葉通り、彼女は仕事中に受験のための勉強をするようになりました。

まるで、自分が夢のために頑張っているのだから、たとえ仕事中であっても勉強することは当然でしょうと言わんばかりに。

自分の置かれている立場、やるべき事、やれる事、何も分かっていないんだな。

その様子を見て私は思いました。

職場で仕事中に受験勉強をするという、社会人としては許されない、普通ではない行動をしながら、自分と同じような精神疾患を抱えている人を救いたいと、主張する。

自分にその能力があると本気で思っている。

彼女のその姿を見て、私はなんだか胸が締め付けられました。

今回のブロガーの記事を読んで、Aさんのことを思い出したのです。

自分が救われる立場でありながら、「救いたいんです!」と言ってしまう滑稽さが、あまりに悲しかった。

まず自分がしっかりしなさい。しっかり生きなさい。

そう思いました。

みんな、疲れても苦しくても胃がキリキリしても血尿が出ても、生きていくために歯を食いしばって働いているのです。

ラクに生きている人なんて、何も悩みなく働いている人なんて、いったいどこに存在するでしょうか。

「働けない」は客観的に判断されるもので、自分自身で決められるものではありません。

憲法の国民の三大義務に「勤労の義務」が入っている以上、それを放棄して生きていくというのはなかなか難しいことではないでしょうか。

働けない人を働かせるのは大変

Aさんのことに話を戻すと、彼女は結局2カ月ほどで自分から退社しました。

ある日、お客様の目の前で突然後ろにひっくり返って倒れ込んでしまい騒ぎになりました。

失神のような感じですが、すぐに意識は戻りました。そのまま彼女は早退し、3日ほど欠勤しました。

休み明け、「具合が悪いのなら、もうしばらく休んではどうか」と上司が声を掛けたのがきっかけになり、彼女は腹を立てて辞めてしまいました。

「私の頑張りを誰も分かってくれない」と、彼女は泣くのです。

あの時どうしてあげれば良かったのか、自分に何ができたのか、いまだに私には分かりません。

ただ、彼女のような人が選ぶ職種ではなかったのだと感じました。

彼女のような人をどうやって働かせれば良いのか…。

働けない人に仕事をさせるなら、受け入れる側の課題もまた大きいのだと思います。